マーケットの変化が激しい中、次なる事業の柱をどう生み出し続けるか──。日本を代表する企業の多くがいま新規事業創出に力を入れている一方、その実現に向けた道のりは決して平坦なものではありません。「社内の理解を得られず、新規事業開発が進まない」「新規事業開発に伴走してくれるパートナー企業がほしいけれど、何を基準に選んだら良いかわからない」などといった課題を多く耳にします。
そこで、大企業が新規事業創出に成功するためのヒントを探るべく、2024年10月15日に「アイデア創出から最短1年で事業化! 大企業ならではの新規事業開発ノウハウ大公開」をテーマにパネルディスカッションを開催しました。
登壇したのは、CINCAが新規事業開発に伴走している株式会社NTTドコモ 朝生雅人さんと大日本印刷株式会社 佐藤英吾さんです。新規事業開発を加速させるためのコツやパートナー選びの基準など、大企業ならではの新規事業開発ノウハウを語ってもらいました。
朝生 雅人(Masato Aso) 株式会社NTTドコモ 総務人事部 担当部長 2003年に株式会社NTTドコモに入社し、ネットワークシステムの研究開発に従事。研究開発戦略や中期経営戦略の策定・実行に携わった後、2021年より新規事業創出プログラム「docomo STARTUP」の企画・運営に参画。年間500件ほどの事業案から有望な事業を発掘・育成。『起業の民主化』を進め、社会のニーズに即応可能な事業・人材ポートフォリオを築き上げる。2024年より人事戦略、HR tech、採用に携わっている。 |
佐藤 英吾(Eigo Sato) 大日本印刷株式会社 ABセンター価値創造プログラム推進本部 業務革新推進室長 2002年、新卒で富士フイルム株式会社へ入社。SCM、労働組合専従、経営企画を経験後、化粧品/サプリメントの新規事業マネージャーに就任。2020年に大日本印刷株式会社へ入社し、産経新聞社との合弁で情報銀行事業の立ち上げを実施。新規事業の創出・育成がミッションのABセンターにて、2024年4月に立ち上げた新規事業創出プログラムの事務局責任者としてチャレンジ中。 |
「作ったら売れる」から「マーケットイン」へ思考チェンジ
早速ですが、両社の新規事業開発における取り組みについて教えてください。
これまで新規事業を連続的に作り続ける仕組みはなく、新規事業といえば偶発的に生まれた事業や事業部から立ち上がったものが中心となっていました。
2024年4月に「OneABスタジオ」という新規事業創出プログラムを立ち上げ、CINCAさんにも伴走いただいています。1年間で2件の事業化を実現することを目標に掲げており、今年度は約250名が参加しています。

ドコモでは「docomo STARTUP」という新規事業創出プログラムを運営しています。大きく3つのプログラムで構成されており、「COLLEGE」は学ぶ場、「CHALLENGE」はアイデアブラッシュアップ・ビジネスコンテストの場です。優れた事業アイデアは「GROWTH」で育てています。

さらに、ドコモの子会社として新規事業をカーブアウトさせる「AFFILIATEコース」や、外部からの資金調達を前提に会社を立ち上げる「STARTUPコース」もあります。2023年7月に「docomo STARTUP」をスタートして以来、「STARTUPコース」にて5社のスピンアウトが実現しました。
お二方ともありがとうございます。そもそも、なぜいま新規事業に力を入れられているのでしょうか?
大日本印刷は、2026年に150周年を迎えます。世間からは印刷会社というイメージを持たれているかもしれませんが、実は現在の利益の約半分はエレクトロニクス部門によるものです。長い歴史の後半は、新しい事業を生み出し続けてきました。そのDNAは社内に強く根付いています。
また、2023年に公表した中期経営計画では、数千億単位で次なる成長に向けた事業投資をすることを宣言しています。注力領域の一つにあるのが、新規事業です。これらの背景から新規事業開発を強化しています。

会社が新規事業の重要性を理解し、後押ししてくれるのは、とてもいいですね。
私たちの場合は「このままでいいのか?」という現場の声から動き始めたんです。
皆さんご存知ないと思うのですが、Apple WatchやiPodのようなコンセプトの製品は、実はAppleが生み出す前からドコモで発売していたんです。新しいテクノロジーを開発することと、社会に実装することは別物ですよね。新しい技術を開発してプロダクトを作ったら流行る、という時代は終わりを迎えた中で、順応できていなかったと感じています。
事業の立ち上げ方が多様化している中で、私たち自身がアップデートしていかなければいけないのではないか。そこで弊社の新規事業創出プログラムは、R&D部門から始まりました。
加えて、事業を作るには戦略だけでなく、行動力のある人がいること、ドメインに対するネットワークがあることも大事な素養だと思っています。これらを鍛えるために新規事業開発に挑戦していくことは、ドコモが注力するマーケットが変化した際にも適応できる人材や事業があることにつながるといった長期的な考えも背景にありました。
新規事業創出の壁は、経営層と現場における意識の差
理想の状態を掲げて新規事業開発に取り組む中で、さまざまな課題に直面することがあると思います。どのような苦労を抱え、乗り越えようとされているのでしょうか。
事務局の視点でお答えすると、事業化に向けて頑張るメンバーと、意思決定を担う経営層に対してかける言葉の使い分けに苦労しています。
本来は両者にかける言葉は一致している必要があると思うのですが、それだけでは上手くいかなくて……。対外的には新規事業開発にリソースを割いていくと発信しているものの、現場ではそのように認識していないマネジメント層も少なくありません。孤独感を感じさせないようメンバーに対しては、励ましのようなポジティブな声がけを意識しています。一方で、経営層に対しては、1年後に2件の事業化を目指すために、3ヶ月後にこれだけ成果を出します、半年後にこれだけ成果を出します、とマイルストーンを置き、都度進捗を報告するようにしています。最終的な意思決定をスムーズにさせるためですね。
ちょっとずつ応援してくれる仲間を増やしていくことは大事ですよね。
そうですね。経営層もメンバーと同じ目線に立ってもらうことが必要かもしれないです。そのためにも、判断できる情報の共有は重要だという認識です。
経営層も何か大きなことをやりたいと思っていながらも、どうしたらよいかわからず本当は困っているんですよね。だからこそ一緒に取り組んでいることを自分たちで発信していくことはすごく大事だと思います。
最初は見向きもされなかったとしても、事業のスピンアウトが決定した時点で「あの事業、最初から応援していたんだよ」と言ってくれる人がちらほら出てくるように、どこかで風向きが変わるタイミングは来ます。そうやって動きを見せることはすごく大事だと思います。
あと、私たちが直面した課題は「いつ成果が出るの?」と聞かれることですね。机上の戦略を見せたり、アンケート結果を伝えたりするだけでは弱い。「マーケットにぶつけてこんなフィードバックがありました」「伴走いただいているパートナー企業がこのように評価しています」とリアルな反応を伝えることが大事だと思っています。特に、協業パートナーを見つけたり、VCの方からの評価を伝えたりすることは強力だと実感しています。

大企業のリソース活用に向け、周囲を巻き込み続ける
新規事業が軌道に乗り始めると、当然スタートアップやベンチャーも競合になっていくと思います。大企業ならではの戦い方として、何か考えていることや取り組まれていることはありますでしょうか?
大企業がアクセラレーションのサポートをすることは、非常に大事だと思っていますね。実は少し前まで我々もサポートには力を入れていなかったんです。ただ、よくよく考えてみたら大企業のアセットを使いながら伴走したほうが成功確率が高くなるし、成功してくれた方が我々にとってもメリットがある。そこでdocomo STARTUPになってからは一緒に取り組むように舵を切りました。
ドアノックで法人のお客様に商材について話を聞いてくださいという時にも「ドコモの新規事業創出プログラムから立ち上がったスタートアップです」と言うだけで、全然ハードルが違うんです。お試しでサービスを使ってみてもらう時にも、100人のドコモ社員に使ってもらうことができます。スタートアップの立ち上げのタイミングで、大企業だからこそスピードを早められる施策はたくさんあると感じています。
ありがとうございます。佐藤さんはいかがでしょうか?
我々も新規事業立ち上げにおいては、印刷業で培った営業網や技術を活用することを求めています。それこそ、いま考えている事業は社内のどんなアセットと親和性があるのか考えている一方で、会社のアセットを新規事業開発の初期フェーズから使おうとすると、既存事業との事業フェーズが異なることからシナジーが生まれづらいという課題があって。既存事業からすると、外部のような存在で、シナジーが見えづらい新規事業を進めることは、正直、負荷が高いんです。
ただ、うまく進めていくと、それこそ営業網や技術などは、スタートアップにはない大きな強みになる。使い方次第で、すごく武器にもなります。
とはいえ、大企業だからリソースもたくさんあるかと言われれば、そうでもないなと実感をしているところです。
そうですよね。まだまだ協力してあげようと思ってもらえるまでには、だいぶ時間がかかります。本業も忙しいですし。
そうですよね。時間がかかりますね。
パートナー企業が本気で向き合ってくれるか?
社内のアセットを活用することの対極にあるのが、リソースを外注することだと思います。今回、お二方はパートナー企業としてCINCAを利用いただいていますが、スピード感を持って事業を立ち上げるためにどのように使い分けられていますか?
やはりすべて外注してしまうと会社の理解は得られないと思うので、①社内でやること、②外部に任せること、③外部に任せながらも中期的には社内のノウハウとして蓄積していくことの3つに分けて考えています。
弊社には、再現性をもって新規事業を立ち上げた経験を持つ人は多くはいません。もちろん、本を読めばアイディエーションやフィジビリティ・スタディは理解できるのですが、やはり連続的に事業を立ち上げた経験のある人と一緒にやらないとわからない。CINCAさんには、新規事業を作る一連のプロセスとその実践において伴走いただいていますが、特に一緒に実践してくれるのはいいなと考えています。

ありがとうございます。朝生さんはどうですか。
社内で新規事業を立ち上げようとすると、年間計画したリソース配分内で動きがちなため、突発的に「検証をやろう」「やっぱりやめよう」といった判断に対して、社内のリソースを適応させることが難しいと感じています。「これいいね、すぐ検証しよう」というときに社外のパートナー企業に頼るほうが、ヒューマンパワーはもちろん、ノウハウもあるため成功確率が高まると思っています。
また、業務委託のようにお金を渡して検証をお願いしてしまうと、検証結果を納品して終わりになってしまい、事業は絶対成功しないと思うんです。パートナー企業も含めて本気でやらなかったら絶対に成功しないと思うので、しっかりコミットしていただけるような仕組みを作りながら取り組んでいます。
ありがとうございます。CINCAにおいては、やるからには結果を出したいと思っているので、ダメそうな取り組みだと思ったら相談いただいた時点で「ちょっとこれはダメですね」と正直にお伝えするようにしています。
大事だと思うんですよね。むしろそうやって言ってくださる方々をパートナーに選んだ方が、私は絶対にいいと思います。
他にも、パートナー企業を選ぶ際に見られているポイントはありますでしょうか。
実体験を豊富に持っているかどうかですね。「過去にこういう事業のトライアルをペルソナに試したけれど結果はこうでした」などと引き出しが多いパートナー企業の方々はその領域に特化してたくさんの事業を検証されているので、チームとしても納得感があります。
私も朝生さんに似ているのですが、1発当てたことのある人ではなく、連続的に事業を立ち上げた経験のある方に支援してもらうことを意識しています。
他にも、一緒に汗をかいてくれるパートナー企業は、絶対に必要だと思っていて。CINCAさんの宣伝っぽくなってしまい恐縮ですが、CINCAさんのホームページに「どうやったら爆速で新規事業を立ち上げられるか。365日考えています。」と書かれているように、即レスしてくれますし、CINCAさんにとって全く商売になんないような相談に対しても隔てなく返してくれるので、ワンチームで取り組んでいるように感じます。支援内容に対する相性が良いパートナー企業だと、楽しく仕事を進められるのではないかなと思います。
1発の成功より、連続的な新規事業創出を目指す
最後に、大企業の中で新規事業を進めていくにあたり、改めて大事だと感じる部分について、まとめのお言葉をいただけたらなと思います。
私の前職である富士フィルムでは、2000年に写真フィルムのピークを迎え、年率20パーセントで落ちていきました。会社が立ち行かなくなるというようなタイミングで化粧品事業やサプリメント事業が立ち上がり、今では何百億という規模の事業に育っています。
そんな奇跡に近い話がある一方で、私たちにとっては大企業の中で新規事業を連続的に生み出していくことがすごく大事です。若い人からベテランまでチャンスが与えられていて、大企業の優秀な人や豊富なアセットを使って事業を生み出せる環境にあると実感しています。
皆さんもそういったことに少しでも関わっている方々だと思いますので、ぜひ一緒にがんばっていきたいなと思っております。
今日お集まりの皆さんも新規事業創出の事務局を担当されている方や自らチャレンジされている方もいらっしゃると思います。docomo STARTUPを始めてからいろんな会社の方々と意見交換させていただいていますが、ぜひ横で繋がれたらいいなと思っています。我々の制度について少しでも参考になるところがあれば、情報提供も可能です。
先ほどご紹介したように私たちの新規事業創出の仕組みでは、事業チームを作り、一事業として独立していく形になってますが、新規事業の立ち上げタイミングからそれぞれの企業が持っているアセットを掛け算したらもっと成功確率は高まるのではないかと思うこともあります。そういった営みがいろんな企業間で始まってほしいですね。

お二方とも本日はどうもありがとうございました!